難病介護離職と早期リタイア時々田舎暮らしを夢見て

#4【なぜ離職の道を選んだか(4)】


やっとの思いで見つけた病院で「今度精密検査の

為、次回来て下さい。」と言われ一時安堵した。

私と親は家に帰宅して薬を飲ませその日は

安静にしました。

この時親はまだ働いており病院行った日とその

次の日は仕事を休んで安静にしてました。

私は病院に連れて行った次の日から仕事に戻り

私と親の休みを合わせて次病院に行く日を決め

ました。


あの日から親の調子は悪くなく通常に近い状態

で生活でき精密検査なんて必要かと思うほど

普通の日々が続きました・・・


時間は流れ1~2週間後に休みを合わせ精密

検査を受けに病院に連れていきました。


MRI.png



検査を受けたのは脳のレントゲンやら、採血

尿検査、胃腸の検査、など健康診断も兼ねて

色々診てもらいました。


結果は後日という事でその日は帰宅しました。



そしてまた時間は流れ検査結果の日が決まり

もうその頃の親はあの悪かった体調が嘘の

様に毎日働いており、検査結果も一人で

聞けに行けるとの事だったのでその日は

親の当人のみで病院に行きました。


当日私は仕事を終え家に帰宅して親に

検査結果を聞きました・・・





結果はなんとなく予想はついていましたが

なにも引っかかる所はなく

多少血圧が高い位で後は問題ないとの事でした。




初めての親の緊急事態に遭遇して最初は

どうなる事かと思っていましたが、私も親も

まだまだ若いしそんな大事にならないと思って

安心したのを思い出します。





そして話がズレますが・・・

もともと親は「子供には負担掛けない様に

してるから(病気、介護、保険、終活など)

安心しろ」と言われていたので私はその気で

いたので何も考えず仕事をして週末は遊ぶ

夏はBBQ、冬はスノーボード、家でゲーム三昧

何か買いたい物欲との戦い(笑)など


BBQ.jpg




ごくごく普通の30代のくらしをしてました。

この頃は40頭位に結婚して(元々晩婚な思考)

普通の人生だろうなと深く考えず漠然としてて

適当な生活してました。

もちろん親孝行なんてものは何一つしておらず

このまま親孝行しない後々後悔する人生では

ないかと思う位お互い干渉は無い生活でした。




なので正直今、親の介護が必要になる前までは

仕事から帰って来てもそのまま自室に行ったり

もちろん食事なんかは時間帯が違うので

別々に食べたり(外食&コンビニ飯)家の

ご飯はほとんど食べてなかった。

休みは出かけるか、寝てるかで親と会話らしい

会話、ふれあいなどは一切ない感じでした。

ほぼ1年を通して会話無し状態な生活でした。

こんな状況だったので

今の毎日会話がある生活

が未だに不思議で慣れません(笑)



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